プロフィール

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小生、小林和真(コバヤシカズマ)は、1992年、平成4年の9月7日、宮城県仙台市にて、この世に“発達障害児”として生を受けた。
この“発達障害”は、後からになって存じた事であるが、その後の小生の生き方が、このような有様になったであろう一つの要因である事は、今になってから、思ふ事。
小生の平成4年の9月7日から、現在に至るまで、簡潔に下記に簡易的な表にして記すに致す。
同時に小生の自分自身の人生を、この機会に振り返ってみようと思う。

・1992年 9月7日 宮城県は杜の都仙台市で、小生のこの世での呼吸器官と内臓の活動、心臓の鼓動が、赤子としての泣き声と共に始まる。

・大体2歳から3歳頃、つまりは幼年期、一ヶ月近く食事を受け付けない、ちょっとばかりの物音で起きる、数分の睡眠でずっと起きているなど、奇怪な動向が見られるようになる。
医師の診察により、この事から発達障害の傾向が強いとの診断が下された。

・幼稚園時代、小生は4、5歳にして早くも協調性のない人間としての、そして風変わりな人間としての片鱗をちらつかせていた。
ミミズを掴み、一刀両断にしたり、お絵かきの時間では、塗り絵で人体の、当時小生が思ふ限りの人体解剖図のような、内臓の塗り絵を描いてみたり、お遊戯会が馬鹿馬鹿しいものに思い、ひとりで教室に残ってボイコットするなど、奇行が頻発していた。
その傍ら、テレビゲームが好きな少年として、初代プレイステーションに始まり、今に至るまで、かれこれゲーマー歴は16年にもなる。余談ではあるが…

・小学生時代、これは小生の暗黒時代と言っても過言ではないであろう。
いじめに遭っただとか、さしてそんな事はなかったが、派閥間の明瞭な線引きを感じ、小生は自らの属する派閥の主君のもと、コントロールされ、小学5、6年時代は、1週間交代の、ローテーションの奇妙ないじめの構図の中にいた。
それは主君の、いわゆるガキ大将の命ずるがままに、小生もいじめ、いじめられるといったものであった(小生はリーダーになれるタイプではなかったし、はっきり言えば“コバンザメ”同然であった)。
しかし小生の母校では、そこまで重篤ないじめは小生も含め、周りの連中の間にも無かったように感じる。
中国人も数名いたし、中国人と日本人とのハーフ、フィリピン系日本人も、下級生も加えると数名いたが、やはり仙台という地方都市、比較的都会であるという事が、差別などの起こらない、排他的な土壌が作られずにあったのだと推測する。
主君としては、ちょっとした幼心が生む“悪ふざけ”だったのであろう。
何せ当時「トンボの肉べら」といった、トンボの羽根を左右に引っ張り、それをカマキリに抱かせ、食させるといった遊びが流行っていたくらいだ。これはクラス内で1位2位3位を競う、秀才野郎もやっていた。
小生もそれに乗じ、昆虫採集やそういった残虐な虫遊びをしていたが、まったく、幼心といふものからは、無邪気さ故の、思慮や倫理観の定まらぬ自我の賜物として、時にそういった残酷さが垣間見えるものだ。
しかし今となってはもちろん無駄な殺生は行っていない。20歳になってから、蚊一匹殺した事がないのだ。
先日もどこから飛んできたか分からぬ羽音の五月蝿い3センチほどの大きな蠅が、五月でもないのに我が宅で暴れ回っていたので、母親が殺虫剤を取り出し、それで息の根を止めようとしたが、小生が制止した。
人間どもに殺されるいわれもない名も無き虫を、五月蝿いからと、人間どもの都合で殺される虫の立場になってみると、害虫でもない限り、なるだけ戸外へと、窓をあけ、自然のもとへ歸させてやっている。
これはそういった残虐な虫への陵辱をしていたからこそ、反面教師として、今になってこうしたことが出来るのではないかと思っているが、、、。

さて、余談は書こうと思えばいくらでも書けるが、小生は蛇足が連なると、蛇足にまた足を絡ませてしまい、長文化してしまうのだ。書いてる先にもまたもや、、、

ここで重要な事を書こう。
小生は小学5~6年頃から、不登校が目立つようになってきた。児童相談所へ親と相談に行くと、ここではっきりと“発達障害”である事が告げられたようだ。親からはそう聞いているが、、、
例えば記憶力が格段に長けていて、他の部分が劣っていたり、発達障害のスペクトラムで、厳密にどういった発達障害かは分からないらしいが、スペクトラムの中に当てはまる特徴が多分にあったようだ。

不登校は最初は数日、やがて数週間と、日は伸びていき、卒業式にも無事出席する事が出来たし、そこまでの不登校の長期化はなかったが、ある教師とのトラブルや、人間関係が面倒で起こった不登校、そして現実感のなさ……この“現実感の希薄さ”が、小生をその後、不登校たらしめたように思ふ。

書き忘れる前に書いておこう。小生の楽器との出会いは、まずはエレクトリック・ギターだった。
この時期にエレクトリック・ギターに触れ始めたのだ。当時は「音楽理論」という言葉すら知らなかったし、そういった概念も意識する事はなかったが、、、

・中学生になった年、小生はある理由から学区外の、沖野中学校に入学した。同時期に、ヒップホップが好きになり、ターンテーブルとミキサーのDJセットを買った。この時には既にエレクトリック・ギターには触れなくなってしまっていたが、、、
小学時代、仲の良かった者もひとり、中学入学を境に引っ越した事もあり、その人物は学区内の沖野中学校へと入学したが、小生は学区外だった事で、事実上“転入生”扱いとなり、手続きやら何やらの面で色々あり、入学式と同時に入学、ではなく、新入生が入学式を迎えたちょっと後に転入生として沖野中学へと入学した。
当時から自己顕示欲に富んでたようで、初登校日から、色付きメガネに、整髪剤でパリパリに逆立てた髪型で登校した。当然、教室に入る前、案内をしてくれた当時の教頭先生からは「整髪剤はNG」と注意を受けた。
そして当然上級生の不良達からも眼をつけられ、当時、今になって考えてみるとおかしな事なかれ主義、「1年生は着飾ってはいけない」という暗黙のルールが蔓延しており、隣のクラスの一人の同級生が、3年生の不良達に内部告発したのである。そして整髪剤やら、色付きメガネをかけていた小生は、その不良達から制裁のビンタを、帰り際の階段の踊り場で喰らい、これが「学校」という、ひとつの組織なんだと、教師たちが作る秩序の他に、水面下で、そうした統制が行われている事、学生間の中の一つの独裁主義、全体主義的な構造に、非常な息苦しさを感じた。
まったく、今考えてみると、やれ色付きのシャツがダメだとか、整髪剤がダメだとか、小生も小生でそんな事に固執していた事が、馬鹿げている事に思えるが、当時はそれでしか自らのアイデンティティを、風貌を自分なりに彩る事でしかできなかったのであろう。
己の意に反して、自己欺瞞を貫いてでも、没個性的にしなければならないというルールが小生の学校嫌いに拍車をかけた。それでも、モヒカン風にしてみたりと、継続して、身なりによる「静かな反抗」は続けていたが。

そして現実感のない学校生活、、、ただただ朝起きて、登校しなければならないという、その「しなければならない」という事さえ、意識の中に当時はなかったように感じる。
言ってみれば物心がつく頃、自分で自発的に考え、哲学する時期、それは人によって個人差はあるだろうが、その時期入る前というのは“半夢遊病者”の状態にあるといっても過言ではないと思う。
ただただ受動的な情報「しなければならない」から抜け出せず、その範疇を飛び越えた考えから先が及ばない、なぜ「しなければならない」のかについての思案を巡らす事も出来ない、本能だけで動く、それこそジョージ・A・ロメロの映画に出てくるゾンビ達のように、行き先、つまりは最終的な就職先や、どういった仕事に就くかも分からぬまま、、、(作家の村上龍さんが「社会全体が“働いて、生きていく”という価値観が共有されていない」と言っていたが、これに近いところがあるのではないだろうか)。

沖野中学校入学から3ヶ月の月日が経った夏、小生は上記の服装統制、そして我を殺してでも笑いを取らないといけないと人の中に埋もれてしまうという強迫的な考え、そして立て続けに学校側から出される課題についていけず、わずか3ヶ月で「中学校を中退」したのだ。

書けば書くほど、書くだけ書ける。ここからは箇条書きの要領で簡潔に綴っていこう。
叩けばいくらでもホコリの出る人生、ここからが小生の転落人生の幕開け、ただ中学校を中退した事で失ったものも多いが、パラレルワールドとして、もし学校にそのまま行ってた自分を想像してみても、それもまた、その道を選んだとしても苦悩の尽きない人生であったと思う。なぜなら小生は「発達障害で、強迫性障害者」だからだ。
小生が現在音楽に出会い、こちらの道を極めようとし、それでも人生を悲観し、強迫性障害からくる強迫観念に悩まされ、音楽で未だキャリアのない己に対する自責の念、そして大学はおろか高校すらも入っていない事から、その期間出来るはずの人脈も、相談出来る友達も少ない、、、どちらを選んでいたとしても、それなりの苦悩はつきものであったと思う。
宿命論的に言うならばこちらの道を選ぶのは宿命的であり、偶然論的に論じても、どちらを選んでも苦悩することは宿命付けられていたのだろう。

中学を3ヶ月で中退した小生は、フリースクールのような、「じゆうの杜」というところへ通った。そこは様々な理由から不登校になった、中学生未満の子供達が通う場所だった。
そこで年齢が2つ上の友人数人と悪さをしたりもした。
悪さといってもハンパなチンピラのようなもの、そこでも小生は、それら行為や派閥の中で断れない自分自身に息苦しさを感じていた。
とにかく人の中に入ると息苦しさを感じていたのだ。
それでも人の中に入ろうと、どんな形であれ人の輪に、無理をしてでも入ろうとするのは“承認欲求”がそうさせていたのだろう。
そして仮面のように自らを着飾った。
中学内にあった、学生間の独裁主義のもと、成り立っていた全体主義的な構図から解き放たれた小生は、狂ったように着飾った。まるで冷戦下のソ連で、自由を求めてアメリカに亡命したかのような勢いで、、、
着飾ったとはいっても洗練されたファッションとはとても言い難く、ただ単に物珍しさから髪にブリーチを数回繰り返したり、当時形だけでもヒップホップに惹かれていたのもあって、ダボダボの、今考えればガリガリの体にまったく似合っていないアメリカンサイズのヒップホップファッションをしていただけだ。
フリースクールに通いだした当初、小生は坊主頭にラインを入れ、当時はそれで良いと思っていたのであろう、変なジャージや、白のテーラードジャケットに、迷彩パンツなど、とにかくファッションは念入りに、出来る範囲でこだわりにこだわっていた。。
そうかと思えばブリーチを繰り返した、完全に色の抜けきったブロンドヘアーに、シルバーアッシュの色を入れ、銀髪に近い緑がかったシルバーアッシュの垢抜けないスパイキーヘアーにしてみたり、今度は坊主にまた戻し、真ん中だけオレンジ色に染めた坊主頭にしたりと、やりたい放題であった。
そして現在の強迫性障害につながる特徴なのではないかといえる事例として、当時、鏡の前に立ち、髪型が自分にとって「しっくり」こないと外出出来なく、時には4時間も鏡の前で何度もチェックして、結局外出しなかった日もあったくらいだ。
強迫性障害からくる、醜形恐怖症のようなもの……それは今でも残っている(例えば小生は現在はポニーテールにしているが、何度も髪がハネてないか、“確認行動”をとったりするのだが、、、)。
そんなこんなで、その「じゆうの杜」へは、2005年の8月から、翌年2006年の3月まで通った。

さて、「じゆうの杜」も行かなくなった小生は、とうとう不登校から次の落ちこぼれへのステップ“引きこもり”へと落ちたのである。
しかし買ったDJセットで練習はしていたし、途中からテクニクスの本格的なDJセットを買った事もあり、お宅DJではあるものの“音楽”についてはそれを通して触れていた。
そして約4ヶ月、外にも出ず、練習していた成果も実ってか、DMCという、英国テレビ局、BBCの主催する、世界的規模のDJバトルコンテストの日本の東北予選ではあるが、ビデオ審査を通り、DMCというDJバトルの2006年、仙台のクラブ、“NeobrotherZ”にて、13歳の歴代最年少出場者として東北予選大会に出場する事に相成ったのだ。
残念ながら予選通過には至らなかったが、これは当時のDMC JAPANさんが発行する、公式パンフレット・マガジンにも小生の事が掲載された。
約4ヶ月ぶりの外出先がクラブだなんて、まったく風変わりな経歴であるが、この舞台が事実上、小生の音楽に関する、初舞台なわけである。
そんなこんなでDMCの予選に出場したはいいものの、そのあと、長期の引きこもりが続いてしまった。
とてつもなく長くなる故、割愛させて頂くが、1年以上外部と、外の空気に触れなかった期間が到来したのだ。
そして異常な期間を過ごした。一歩間違えれば、犯罪者になっていたのではないかと思うほど、異常な思案が小生を侵食していた。
そしてやがて家族もバラバラになり、父親は単身赴任、母親と4つ下の妹は、離れて暮らし、小生はマンションで一人で過ごす期間が多くなった。たまに母親と会うのは、金を置いていく時、そして食料を持ってくる時だけとなった。
小生はその期間、映画を見たり、特にB級映画のスプラッターホラー映画に傾倒し、聴く音楽もヒップホップなどからプログレッシブ・ロックや現代音楽などに変わっていった。DJからは既に手を引いていた。
時期は覚えていないが、ある日トランペットを吹いてみようと思い立ち、トランペットを買った。そして吹いた。フルートも吹いた。なぜだか知らないが、頭をスキンヘッドにもした。
そして音楽への、楽器への関心は高まっていく。
小生の妹は5歳頃からピアノを習っており(この妹のピアノの先生は、小生の音楽の才能を非常に買っており、稀代の天才の芸術家肌とまで言ってくれているし、ついこの間まで、ハノンやらバイエルやらを習っていたが、それ以上の事は教えられないと、小生にはもうこんな基礎は必要ないのではないかと言っているが、検討中だ)10年以上使っていた、マンションに置いてあったローランドの電子ピアノ(今や調律も狂って、鍵盤もボロボロの電子ピアノ)に、ふと触れてみた。
今まで何故触れなかったのだろうと、今になって思うが、MTRを使って、当時傾倒していたフィリップ・グラスなどのミニマル・ミュージック的な曲を、多重録音で作ったりした。
そしてベースのスラップ奏法、ファンクなどの音楽にも関心がいき、エレクトリック・ベースも手に取った。当時買ったのは、現在使っている、フェンダーのフレットレス・ベースではなく、アイバニーズのアクティブのフレッテッド・ベースだったが、このエレクトリック・ベースとの出会いが、今の小生を小生たらしめるのに欠かせないものである。
油絵も描いたりもした。無論、写実的とは言い難いもので、印象派絵画崩れのような絵ではあったが、、、。

電子ピアノを弾き、家でひたすらベースを弾き、絵を描く、そんな自己満足的な芸術活動の日々が続いていたある日、2010年の8月、9月頃、突如として現在抱えている“強迫性障害”の症状がひどくなってきた。
小生はその前の期間に区役所の障害高齢科の人と行った、“せんだんホスピタル”をあたり、強迫性障害の治療のため、まずは伸びきった髪をどうにかしようと、記憶が定かなら約1年半ぶりの外出で、近所の美容室へ行き、そこでも身なりのこだわりは捨て去らずに、ミドルヘアーほどある髪にウェーブパーマをかけ、左襟足の一部を紫色に染めた髪型で、せんだんホスピタルへと行った(そしてここから、小生の現在に至るまでの強迫性障害との葛藤がある)。
そして強迫性障害の治療も兼ねて、引きこもりの状態にあるということで、小生は「所属が欲しい、承認が欲しい」と訴えた事から、せんだんホスピタル内のデイケアにに10月下旬から通いだす事となった(このデイケア時代の友人とは、今も数名友人関係にあるし、小生のフェイスブックの友達リストにも登録されている)。

デイケアで、やはり1年半以上の人間関係のブランクは、容易に取り戻せるものものではなかった。デイケア内でどう振舞ったらいいか、常に悩んでいたのである。
それでもどうして、中学時代から脈々と続く服装や身なりへのこだわりは消えておらず、最初期はウェーブパーマに左襟足が紫色のヘアースタイルだったが、2011年になるとショートヘアに茶髪に、オレンジ色のメッシュを数箇所にいれたヘアースタイルに変えていった(しかし過去から振り返ると、オールバックにモヒカン風ヘアに、スキンヘッドにブロンドヘアにシルバーアッシュ、ミドルヘアーのパーマに現在のブルネットのポニーテール、ジーザス・ヘアの超ロン毛と、これだけ髪をいじるバカも、そうそういないのではないだろうか)。

そして2011年3月11日、未曾有の東日本大震災が起こった。
当時まだ家族がバラバラに暮らしていた状況にあった小生は、ひとりでマンションにいる時にあの震災を経験し、正直なところあの勢いでは「もう終わりだ、マンションが折れる」と、冗談抜きで思ったものである。
とりあえず外に出て、階段を下りてみると、案の定マンション住民が、マンション下の駐車場や、向かいの市民センター付近であれやこれやと、これは何事かという具合で慌てふためいていたものだ。
まだ覚えているが、あの地震、記憶が正しければ30分以上、揺れていたように思う。そして突然の吹雪が吹き荒れていた。
そしてマンションの1階エレベーター付近に設けられている集会所には、暖と食料を求めるマンション住民で溢れていた。
このマンション住民との出逢いが、今の小生を変えるきっかけともなった。
書くと本当に長くなるが、看板会社の社長さんに、同じプログレッシプ・ロック好きで、中学時代からエレクトリック・ベースや、エレクトリック・ギター収集や演奏が趣味の建設業の方や、小生が防音もされていないマンションで、騒音になっていた事を諭してくれた調理師の方、そのほか様々な人々に、震災時、家族とも4日間連絡の取れずにいた小生を気遣い、当時、独りよがりな自暴自棄に陥っていた小生を助けてくれた。
それぞれがそれぞれのやれる事をやる姿、例えば車のガソリンを使って発電機で電気を確保したり、調理師の方は調理師としてのキャリアを活かして住民に食事を提供したり、小生として、共同体、コミュニティーとしての暖かみを再認識する出来事となった(この方々とは、住居が変わった今も交流が続いており、2013年9月28日の小生のソロ・ライブにも足を運んで頂いたりしてもらっている)。
そして震災から4日後、実に数年ぶりともなる父親との再会も果たし、現在の父親の社宅で、家族4人で暮らしている。
しかし震災以降も色々あった。

それは2013年の初頭、2月頃、強迫性障害の薬を1年以上断薬していたせいもあってか、強迫観念が強くなり、一秒一秒が酷な時期があった。
慌てるようにせんだんホスピタルとは別の、小さな精神科クリニックに通い、薬の投薬をまた再開したが、気でも紛れると思い、それから体も鍛えようと、ジムにも通い始めた。
ジムに通い始め、少しは気が紛れてはいるものの、薬も投薬していたある日、ジストニアという薬の副作用が現れた。
病院を大規模な病院に変え、3月中旬頃、とある病院に行ったところ、そこで31歳の女医と小生は“出逢った”。
その31歳の女医は3ヶ月後には主治医の立場を降り、小生と交際する事となった。
結論から言うとその女医は小生と、更にはソロ・ライブの時、小生の実家の者とも会い、小生の家族に婚約するとまで言っておいて、ひいては前に住んでいたマンションに“下見”し、リフォームしたら同棲するとまで言い、前述の、マンションの住民の人々とも、集会所で会って、小生が「リフォームしたらこの人と住むんです」と言っている事に何ら反対もせず、賛同したにも関わらず、わずか4ヶ月で、一方的に一切の連絡手段を経ち、小生のもとから去った。この女医は小生のマネージャーを務めるとまで言っていたし、最後に会った日も名刺作りを請け負うと乗り気でいた。
別れた原因、これは小生も悪いところはあったが、現在は民事の弁護士を介して、一方的な婚約不履行という形で話し合いの場を設けてもらっているところだ(あまり深く書くと第三者間に迷惑がかかるので、詳細は控えさせていただく事とする)。

そして現在……短期間ではあったが恋愛を経験し、男と女というものの連鎖反応による感触を味わった小生は、少しばかりか大人になった気ではいるものの、事実上の婚約相手というものを失った小生は、同時にとてつもない承認を失ったようでもあり、喪失感に打ちひしがれる事もあるし、最近になり、またもや強迫性障害による強迫観念が悪化してきて、それに拍車をかけるように相談出来る相手もいなくなってしまった今、とても辛い心境になることもあるが、それでも音楽は続けている。

誰からも教育を受けずにここまでやってきた音楽、これを劣った部分を補う神様からの授かりものとして大切にし、小生は“音”という物理現象で遊び続ける事だろう。
そして“音楽”という洗練された物理現象で生計を立てられるその日まで、小生は“音”という物理現象と向き合い続ける事であろう。

2014年1月23日 小林 和真



7 September 1992 , of 1992 , in Sendai, Miyagi Prefecture , yours truly , Kazuma Kobayashi ( Kobayashi Kazuma ) received raw as " child development disorder " in this world .
" Failure development " this is , is that it was propose Become a later , but that way of life of yours truly after that , is the one factor that would have been the plight such , from getting in now , that it Omou .
 From 7th September 1992 of a certain , up until now , Itasu referred to in the table simple below briefly .

Miyagi Prefecture, September 7, 1992 in the city of Sendai City of Trees , the activities of the internal organs and respiratory organs in this world of yours truly , beating of the heart , begins with a cry as a baby .

• 3 years old from 2 years roughly , childhood , does not accept a meal for almost a month , and the like is happening much occur in sound just a little , sleep a few minutes , ie, so is seen bizarre trend .
 By medical attention , diagnosis trend of development failure of the strong from this thing was made.

Kindergarten age , yours truly had threatened a glimpse of as quirky and human , as a human being with no coordination as early as in the 4 and 5 years old.
Grasp the earthworm , or to cut in two , the time of the drawing , or try to draw the human body , such as anatomical chart as far as yours truly is Omou at that time , the coloring of the internal organs in the coloring book , game society is to those stupid I thought , etc. boycott remained in the classroom alone , whimsy had been frequent .
Besides that , as a boy likes video games , beginning as the first PlayStation , and until now , gamers will also winning in ’16 now gets iterated once more in the hope . But an aside …

– It would not be an exaggeration elementary school days , to say this is a dark age of yours truly .
And such as he had a bullying , there was no such a thing terribly , but feel a clear delineation of factions , under the master of the faction that includes the own , yours truly are controlled , the elementary school five or six years period , a one-week change , I was in the composition of strange bullying of rotation .
The lord , order the so-called bully was driven to remain , yours truly is also bullying , and bullied it ( yours truly was not a type can become a leader , and was no better than " remora " Speaking clearly ) .
However, in the alma mater of yours truly , yours truly also included bullying serious up there , you feel like there were no between the guys around .
 Chinese also I will name a few , there were several people half of the Japanese and Chinese , also Filipino- Japanese , underclassman also When you make , but that regional city of Sendai , the city that it is relatively , occur , such as discrimination still I guess as he was not made ​​without , soil exclusive .
 As a lord , a little child’s heart gives birth it would was a " prank " .
 It’s much play to pull to the left and right and " meat spatula of dragonfly " , the wings of a dragonfly at the time, was nestled in the mantis it , and to food is very popular anyway . Compete at the 3-position 2 of first place in the class , smart ass bastard was also doing this .
 Yours truly is also multiplied by it , it was a sort of cruel Mushiasobi and insects , but at all , from those Toiu child’s heart , of innocence because , as a gift of the ego , not indeterminate of ethics and prudence , such cruelty is a glimpse at it’s what you get .
But do not go to waste of course killing to do now . I do not have that you must be at least 20 years to , and killed one animal mosquito .
 Big fly of about 3 centimeters annoying of buzz , which is not know from where I flew is , because it was on a rampage in my home and though they do not even May the other day , the mother takes out a pesticide , so it has been trying to stop the Ikinone , yours truly was restrained .
 Name no gratuitous to be killed in human us also from annoying and without the insects , when we become in a position of insects killed in circumstances of human opinion, as long as not a pest , to open only will , open the window , natural you are doing is to歸original .
Although I thought it simply because had a insult to such cruel insect , as a teacher on the other hand , that it might be to be able these at this stage of the game is this , , , .

Well , you can write any number if you think that you try to write it aside, the icing on the cake is continuous , it would entangle the foot again in icing on the cake , yours truly ‘s lead to long of . Once again be ahead of writing , , ,

Let’s write that important here .
 From elementary age 5-6 , truancy has come to stand out to yours truly . If you go to consult with the parent to the child guidance center , it is a " developmental disorder " clearly seems to have been told here . Although have heard so from the parent , , ,
 For example, memory is not good at much , other parts or poor , in the spectrum of developmental disorders, it seems do not know What kind of strictly or developmental disorder , but seems to have had in probably the characteristic that apply in the spectrum .

 Few days , and a few weeks before long at first , it will extend the day , and was able to safely attend the graduation ceremony , and there was no prolonged truancy up there truancy , but the trouble with a teacher then , " rarity of sense reality " …… this to be no sense of reality and , and truancy , happened human relations is cumbersome , Omou as what makes the truancy yours truly .

 Let us write in before I forget to write . First encounter with the instrument of yours truly was the electric guitar .
I began to touch the electric guitar in this period . I did not even know the word " music theory " those days , but was never to be aware of such a concept , , ,

· Year became a junior high school student , yours truly was enrolled outside of school district , to Okino from junior high school for some reason . At the same time , hip-hop to love , I bought a set of DJ mixer and turntable . It had got his touch the electric guitar already at this time , , ,
 Sometimes elementary school age , who was good of mine also moved to the border alone , a junior high school enrollment , the person is enrolled into Okino junior high school district , but yours truly is that it was a school district outside , virtually " Ten’nyusei " become handled , and there is a variety in terms of something Yara procedure , admission , but not at the same time as the entrance ceremony , was admission to junior high school as Okino Ten’nyusei after that little freshman reached the entrance ceremony .
 It seemed rich in craves from time , from the first school day , the colored glasses , and went to school hairstyle that stood on end in crisp styling agent . Of course , was warned " styling agent NG ," said the vice principal at the time that prior to entering the classroom , as a guide while I was .
And attached the eye from bad our upperclassman of course , funny fear of rocking the boat at the time, come to think at this stage of the game , rules of implicit " freshman should not be dressed up " and is prevalent , the class next classmate of one of is , is of the whistleblower bad our third grade . And Craw in the staircase landing of Kaerigiwa , the slapping of sanctions from the defective us , this is referred to as " school " and I’m a single organization , Yara styling agents , yours truly that wore colored glasses , the order in which teachers make that the other , behind the scenes , such control is being carried out , dictatorship of one of among students , the structure totalitarian , I felt a very suffocation .
At all, and now that we think about , shirt colored That it is no good do it , is it That it is no good , hair styling agents had to stick to such a thing in yours truly be yours truly , it seems that this is ridiculous , but own only in it at the time it was probably could only thing to color in one’s own way the appearance , the identity of the .
 But through against the will of his own , self- deception , rules that must be unique to death spurred the hate of a certain school . Still, and even try to Mohawk style , to continue , although we continue to "quiet rebellion " by personal appearance .

And even that school life with no sense of reality , , , wake up in the morning nothing but , that it must come to school , that it "must" , you feel like there was no time in the consciousness .
 When I as it were reach the age of reason , time to think spontaneously on their own , to philosophy , there will be individual differences by Who is it , it is said to be in a state of " semi- sleepwalker " I mean before entering the time I think is also not an exaggeration .
I can not also be ruminate the thought previously beyond the idea that you mired information passive simply just from the "must" , jumped over the category , about why "must" , to move just instinct , like zombies from the movies of George · A · Romero , while not understand may take employment and its final destination , and said how to work , , , destination , ie the Murakami Ryu ‘s ( writer what it it was said, " society as a whole is " working , to live " values ​​that are not shared ," but I wonder not there closer to) .

 Summer month of three months have passed from Okino junior high school entrance , in quick succession and thinking , compulsive yours truly that gets lost in the noise of a person and have to get a laugh even kill us and apparel control , the above not keep up with the challenge issued from the school , and he was " dropped out of junior high school " just three months .

 The more you write if you write , you can write as much as writing. Let’s briefly spelled in the manner of bullets from here .
 Life out of dust plenty , those beginning of fall life of yours truly , lost in that just dropped out of junior high school from here even more the clap , but also try to imagine yourself as a parallel world , was going directly to school if , it also , I think it was a life that does not run out of anguish If you choose to use the road . "Because in a developmental disorder , obsessive-compulsive disorder who " yours truly is because it is .
 Yours truly met in music now , it tries to Kiwameyo the way here , but still pessimistic life , suffer from the obsession that comes from obsessive-compulsive disorder , the university even , let alone high school and , just in case of self-reproach for his own without a career still in the music from the fact that you are not in as well , friends that can also consult small , , , personal connections should be able to that period as well , even though the two choices , I think anguish of its own way and was inherent .
 Choose the way of this place if say fatalistic is fateful , be suffering even argued chance theory , for the two choices would had given destiny .

 Yours truly that dropped out at 3 months junior high school , attended to places like free school , called " Mori of reason " . There was a place that became a truancy for a variety of reasons , children less than a junior high school student attend .
So age- or even a poor and few friends on two .
 Things like thugs odd , yours truly had felt suffocation in their own can not refuse in the faction and act them there as well to say that bad .
It is as if we had felt suffocation When you enter into the person anyway .
Still, in an attempt to enter into the person , and to try to enter the circle of people , even at a stretch and in any form is " need for approval " would had to do so.
And I dressed themselves as mask .
 Was in junior high school in , under the dictatorship between students , yours truly unleashed from composition totalitarian , which consists was dressed to like crazy . In the Soviet Union of the Cold War , by force , such as if you had defected to the United States in search of freedom like , , ,
 Difficult to say very fashion and sophisticated to say that and dressed up , just to repeat several times the bleach the hair from curiosity is simply , it had attracted to hip-hop just form those days I met , sloppy , skinny If you think now I just had a hip-hop fashion of American size that do not look good at all in the body of .
It was probably thought it was originally started to go to the free school , yours truly put a line shaved head , to be good at it at the time , and strange jersey , the tailored white jacket , and camouflage pants , fashion carefully anyway , I was stuck with feelings to the extent that you can . .
Was repeated bleach if you think that whether so , the blonde hair in deep loss of color completely , put the color of the silver ash , or try to Spiky hair that is not refined the silver ash green close to the silver hair tinged , and also shaved this time back , and or shaved head dyed in orange only the middle , it was Hodai you want to do .
By way of example say and whether not the characteristic that leads to obsessive-compulsive disorder of the current , at the time, standing in front of a mirror , you can not go out " nicely " hairstyle does this for me , I check many times in front of the mirror 4 hours sometimes it’s enough to have had some days you do not go out after all .
 Yours truly have to ponytail now for example (though , come from obsessive-compulsive disorder , those …… it like dysmorphophobia or taking " action confirmation " , or not feathers hair many times remain still but he is , , , ) .
All told , is to the " Du reason " , passing through from August 2005 , until March 2006 following year .

Well , yours truly that no longer go also " Mori of reason " is fell to step " withdrawal " of the No Child Left Behind to the next truancy at last .
But was the practice in the DJ set that I bought , and sometimes I bought a DJ set full-scale of technics from the middle , and had touched through it is about " music " , but some in your house DJ.
And outcomes are not out about four months , also outside , you were practicing or bearing fruit , and DMC, sponsored by the UK television station , the BBC, it is in the Northeast qualifying Japanese DJ battle contest worldwide , but video review passes through the , 2006 of DJ Battle of DMC, I was Aina~tsu to that in the club , "NeobrotherZ" of Sendai , to compete in the Northeast qualifiers as successive youngest contestant 13-year-old .
 But could not come to a Qualified Unfortunately , DMC JAPAN ‘s time to issue , that of yours truly has been posted on the official brochure magazine this
Go about 4 -month Nantes ‘s club , it is quite bizarre career but , in fact , about the music of yours truly , this stage is not a debut .
Good was played in qualifying DMC All told , but after that , withdrawal of long-term had followed .
Therefore it becomes incredibly long , and I am allowed to omit , but the period did not mention the external more than a year , the outside air is he arrived .
And I spent an unusual period . The more I think I think one wrong move and , that it might be had become a criminal , abnormal thought had eroded yours truly .
The family will also be falling apart soon , sister of under four bachelor , and mother , living , time to spend alone in the apartment became much yours truly away father . You meet with the mother once in a while , it became the only time to pull your food and when , will place the money .
 That period , you can watch a movie , committed to splatter horror film of B-movie in particular , music to listen even their changes , such as contemporary music and progressive rock from hip- hop to yours truly . I was pulling the hand already from DJ.
 I do not remember the time , but I think I start try and blow the trumpet one day , I bought a trumpet . And I blew . I also blew flute . You do not know why , but it was also the head skin head .
And in music , interest in the instrument will increase.
 It has bought a very musical talent of yours truly , piano teacher of this ( my sister , to have me say to the artist skin of genius visionary sister of yours truly is taking piano lessons from 5 years of age , until quite recently , I was learning to Yara Bayer Yara Hannon , but says that is not taught that more , and do not does not need any such basis anymore yours truly , but it is under consideration) and with more than 10 years had , ( tuning even mad now , electronic piano keyboard also tattered ) of Roland electronic piano that had been left in the apartment , I tried to touch suddenly .
 Why would probably be did not mention until now , I think at this stage of the game , but using the MTR, was or made ​​with overdubbing , the songs minimal music of such as Philip Glass that was committed at that time .
And interest to go to music playing slap of the base , such as funk , electric bass also picked up . You are currently using , rather than a fretless bass Fender , I bought at the time , it was Furetteddo -based active Ibanez , but the encounter with this electric -based , essential and to that make it yours truly and yours truly now it is those without .
 In the past I used to also draw or even oil .

 One day you play the electronic piano , played the bass entirely at home , draw a picture , days of such art activities complacency manner was followed , in August 2010 , around September , and of obsessive-compulsive " currently involved as a suddenly symptoms of the disorder " has become badly .
 Went with people of failure elderly family ward office period of the previous , and per the " fleet Hospital " , for the treatment of obsessive-compulsive disorder , and try to somehow hair first fully extended , yours truly is about 1 storage is if uncertain in going out of the year and a half the first time , go to the beauty salon in the neighborhood , not thrown away the feelings of well-dressed , even there , in the hairstyle by applying a wave perm hair with enough middle hair , dyed purple part of the left neckline , it does not ( from here , there is a conflict with obsessive-compulsive disorder up to the present and of yours truly ) went to Dan Hospital .
And that it also serves as the treatment of obsessive-compulsive disorder , and should be in a state of withdrawal , since he resorted " belongs want , approval want " and , yours truly attended from late October to day care of the fleet hospital in was decided that it issues ( and friend of this day care era , some to name a few friendship even now , and is also registered to the friends list of Facebook of yours truly ) .

Day care , blank human relationship of more than a year and a half and did not regain that easily again . What to do in a day care within behaved , it is was always in trouble .
But why , attention to personal appearance and dress followed ceaselessly from junior high school does not disappear , first period was the hair style of purple left neckline to wave perm , but brown hair , orange short hair when it comes to 2011 Looking back from the past , the Mohawk -style hair on all back , the ponytail brunette current perm silver ash , the middle hair to blonde hair to skin head (but that went in place of the hair style you have placed in several places the mesh of , and ultra- long hair of Jesus hair , also fool fiddling with hair only this , or would not than not seem to be so ) .

And March 11, 2011 , the Great East Japan Earthquake of unprecedented happened .
 The experience that the earthquake when you are in the apartment alone , " reach the end of the road , the apartment is broken " and , yours truly was in the situation the family was living apart yet at the time , I thought Seriously at that momentum to be honest it is the thing which .
To get out for the time being , looking down the stairs , apartment residents , and this and parking lot of the apartment under Ya any civic center near the opposite Sure enough , it ‘s what I had pants on fire by the condition this that or something .
I remember yet, but I think 30 minutes or more that earthquake , if memory serves , as was shaking . And sudden snowstorm was raging .
And the meeting place which is provided on the first floor near the elevator of the apartment , it was full of apartment residents seeking food and warm .
The encounter with this apartment residents , but the opportunity to change now with yours truly was .
 The longer and really write , but the president of the billboard company , the same Puroguresshipu lock love , and those of the construction industry of the hobby , and electric bass , and playing electric guitar collection are also soundproofed yours truly from middle school who cooks at no apartment , me admonished that it was supposed to noise , to various people , earthquake disaster , family both care about yours truly who was to not take four days contact , at that time , fallen into a self-righteous desperation other it helped me to yours truly was .
Figure each do what fuckable of each , for example, to ensure the electricity generator using a gasoline car , or provide meals to residents taking advantage of the career as a chef , as yours truly the person of the cook , the people (this was the re- recognize events warmth community , as a community , the AC has been going on now that housing has changed , and carrying a foot solo live yours truly of September 28, 2013 are asked to or received ) .
And four days after the earthquake , also plays a reunion with his father that is also the first time in years really , in company housing the father of current , you are living in a family of four .
But variety was also since the earthquake .

Or partly because of the early 2013 , around February , was abstinence for more than a year of medicine obsessive-compulsive disorder , obsession becomes stronger , there was a severe timing every second it .
 He attended separate from the fleet Hospital , a small psychiatric clinic , was resumed again the dosage of medicine to panic , but I think it is distracted in mind , then an attempt to forge and body , and started going to the gym .
And started going to the gym , care is under cover a little bit , but the side effects of medicine one day that was also dosed medicine , called dystonia appeared .
 Where was changed to a large-scale hospital to hospital , mid- March , I went to certain hospital , where yours truly is " were met " and 31-year-old female doctor .
Get off the position of the attending physician in the three months after the woman doctor of the 31-year-old became the thing to associate with yours truly .
 The Joy and yours truly , to keep saying when the solo live , and also met with a person of the home of yours truly , up to engagement to the families of yours truly and even As it turns out , the " preview " in the apartment I lived in before eventually , is referred to so far as to live together and After renovation , described above , both the people of the residents of the apartment , without a dissenting any way that I met in the meeting place , it is said, " I live with this person After renovation " yours truly is , in the approval Despite , in just four months , and passed the contact means of all unilaterally , had left from original yours truly . Had so far as to say serve as manager of yours truly , and had reluctant to undertake a business card and making of date of last meeting this woman doctor .
 Cause of separation , there is a bad place even yours truly is this, third party when I write too deeply ( I just through a lawyer of civil , you are asked to provide a forum for discussion in the form of engagement failure unilateral current annoying because it takes between , it is assumed that I am refrain for more information) .

And there is now …… a short period of time but have in mind that it was an adult or a little bit although , yours truly to experience love , tasted the feeling by the chain reaction of things that men and women , what’s called engagement partner of virtually it is also seems to have lost a tremendous approval at the same time , may also be stricken sense of loss , and More recently , obsession with obsessive-compulsive disorder is getting worse again , yours truly was lost , can consult it to spur now that had gone also partner , there is also be a very painful state of mind , but still keeps the music .

 Would that to cherish as Sazukarimono from God to make up music so far came without the education , the part inferior this from anyone , to continue to play a physical phenomenon called "sound" yours truly is .
Until that day , which is make a living in the physical phenomena sophisticated called " music " and , would that continue to confront the physical phenomenon of "sound" is yours truly .

Kazuma Kobayashi January 23, 2014
(Use Google Translation,English Text,It is not being interpreted in the translation browser, there may be a funny place this Japanese text me, but as a Japanese can not use practical English, please forgive me in your charm.)