Brian Eno & Harold Budd「Ambient 2: The Plateaux Of Mirror」「鏡面界」、レビュー

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この文章はFacebookで以前に書いた、Brian Eno & Harold Buddの「Ambient 2: The Plateaux Of  Mirror」のレビューで、文章を丸々引用してます。去年の夏頃に書き綴ったレビューでござりまするるに奉りまする。
及びこの「音楽」カテゴリーでは、今後、私の音楽に関するレビューや、音楽にまつわるトピックを発信していこうと思います。何か書いてないと飽和してきますしね^^;
  • って事で記念すべき音楽レビューの第一号は、Brian Eno & Harold Buddの「Ambient 2: The Plateaux Of Mirror」、邦題「鏡面界」です。
  1. -引用開始-
今日の朝のBGM、Brian Eno & Harold Buddの「Ambient 2: The Plateaux Of Mirror」、邦題は「鏡面界」。
思い返すと、僕はこのアルバムをかなり聴いてるというか、部屋のスピーカー、ヘッドフォン問わずこのアルバムを愛聴してきた気がします。
このアルバムとの最初の出会いは中古レコード屋で買って、DJ時代のターンテーブルで聴いたところから始まります。
そのあとポータブルオーディオプレーヤー、IPODとか、出先でも聴きたくなったので紙ジャケット版のCDをまた買い直すくらい気に入っているアルバムなのです。
単に聴き手の耳を邪魔しない「環境音楽」「アンビエントミュージック」としてそこに存在する、あるものとしてそこに音が流れる、そうした聴き方、BGM的な用途も良いですが、それだけではこのアルバムは勿体無い気がするのです。じっくり聴いてみると多面的なイメージが浮かんできます。
  • このアルバムの音世界に対して僕が思うキーワード「郷愁」「ノスタルジー」「明け方」「コバルトブルー」「雨上がり」「青」「水面」「田園風景」「鳥類」・・・様々なキーワードとイメージが頭をかすめていきます。
1曲目の「First Light」、明け方の少々濃い青色、コバルトブルー色に染まった、辺り一面が寒色に彩られた朝と田園風景の上を、鳥たちが「First Light、最初の光」、正に明け方のその日最初の光明を頼りに、それと共に羽ばたき、羽を伸ばしながら空に散らばっている情景が浮かびます。
そして僕はその情景に何ともいえない郷愁を感じるのです。「明け方の空、コバルトブルー色の空」と「雨上がりの大気の色香」・・・もう戻れない、どこかに大切な何かを置いてきてしまったような、それでもその過ぎ去っていく情景と共に過ぎ去っていく「心地よい切なさ」を、ミニマルなピアノの上を柔らかな情感でひたすらに包み込むシンセの音色で、この一曲目はそれを与えてくれます。
  • 2曲目の「Steal Away」、F2にG3、A3の音を乗っけた、FMajor9のコードの上を簡素ながら美しい旋律が彩る小品で、これもまた切なさのある美しい小品となっております。
3曲目の「Plateaux Of Mirror」、表題曲の邦題「鏡面界」ですが、コバルトブルー色に染められた明け方の田園風景の水面に映り込む美しい鳥達、白鳥だったり、それらが浮かんできます。
それは曲の中盤で聞こえてくる打楽器か何か、物質のようなものを「こすり合わせたり」「叩いたり」している「音」が、僕には鳥のさえずりに聞こえてくるし、それを暗喩している気がしてならないのです。
この「音」の使い方、それは僕が前々から提唱してきた「音」そのものは普遍的な物理現象であるという事を再認識させてくれます。
4曲目の「Above Chiangmai」、この曲から「鳥のさえずりらしき音」ははっきりと、明瞭、そして如実にその音の輪郭は現れてきます。
キーがEの中、EとA、トニックとサブドミナントを行き来するコード進行とピアノの旋律に紛れて「鳥のさえずり」あるいは「鳥を思わせる音」が、控えめながらに僕の耳にはっきりと届いてくるのです。
この音を人はどうとるか、十人十色多種多様で、意見は分かれる事でしょうけど、前の曲の「ぼやけた音」、人間が「鳥類か、それと類似した何かの発する音」とはっきり認知させず、物質と物質のぶつかる音で曖昧に、それとなく聴き手へと伝達させた流れで、この曲でそれこそ鳥達の目覚めを示唆するかのように、しっかりとそれと似通った音を入れてきている気がしてなりません。
この「鳥のさえずり」のような音、何を意味し、何のイメージを伴った音なのか、推察するのも乙なものではないでしょうか。
タイトルは訳すとすれば「チェンマイの上」、チェンマイの天空をイメージしたのでしょうか。
5曲目の「An Arc Of Doves」、訳してみると「ハトのキツネ」と出ました。なにか不可思議な、別の動物と別の動物が掛け合わされた神秘的な、例えばペガサスであり、タイトルから考慮するとそういったスピリチュアルな動物、神話に出てきそうな動物を連想させてくれそうですね。
そして大本命の6曲目「Not yet Remembered」、「まだ覚えていない」、そう訳せます。実はこのアルバムの中でこの曲が一番好きだったりします。
ミニマルなフレーズを反復するピアノのバッキングの上で美しいとしか言い様のコーラスが華を添える。タイトルの「まだ覚えていない」、僕にとっては冒頭に出てくる、コバルトブルーに染まった田園風景の情景の彼方を見つめながら、一人の男が何もかも忘却に走ってしまったのだろうかとか、そんなイメージがよぎります。もう鳥肌しか立ちません。
7曲目の「The Chill Air」では、今までよりトーンが変わって、寒々しく、忘却に走って何もかも忘れてしまいたくてもその風景の中を歩き出さなければならない、そのタイトルの「冷気」が男をどうしようもなく包む様をイメージします。
8曲目の「Among Field Of Crystal」、僕の英語力ではタイトルが難しく、意訳まではできないですが、前の曲の流れからトーンが変わり、この曲では重苦しいピアノの音が規則的にはじかれます。その上を物悲しい旋律がなぞっている曲です。
9曲目の「Wind In The Lonely Fences」ではガムランを思わせる民族楽器的な響きの打楽器の音で静かに幕をあけ、ハロルド・バッドがアコースティック・ピアノからエレクトリック・ピアノで弾いています。
民族楽器的な、不規則に鳴らされるエフェクトのかかった金属質な音を横切る幻想的かつ美麗で叙情的なシンセやエレピの音が入り乱れ、「心地良い不安」が増幅していきます。
10曲目の「Failing Light」、一曲目のエフェクトのかかり方というか、もっと深淵へと落ちてしまったような印象を受けます。
  • 「失敗した光」、「失った光」と意訳すれば、コバルトブルーの田園風景の彼方を見つめ、道なき道を歩んだ男は最期、光を失い静かに、そして安らかに眠りへと、深い深淵へと誘われ、引き込まれるようにして光と共に失われたのでしょうか。
  • って、勝手に物語を作ったりしてるんですが、結論を言えばアンビエントミュージックとして、環境音楽としてお香でも焚きながら聴くのもいいですが、何とも言えない切ない郷愁を感じるいいアルバムである事をちょっと書き記してみたかったので、綴ってみた次第で候程です。
  1. -引用終-
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